KEIKOのくも膜下出血の原因は心労だったのか?後遺症との闘いは?

keiko

globeのボーカルであり、音楽プロデューサー小室哲哉の妻としてもよく知られるKEIKO.

くも膜下出血で倒れたのが2011年10月。

夫の小室哲哉のツイッターを通してゆっくりながらも回復してきている様子が伝えられています。

KEIKOの後遺症との闘いはどうなっているのでしょうか?

また、発症の原因はなんだったのか?着実な回復ぶりが伝わってきている今日、改めて考えてみたいと思います。

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KEIKOが倒れたのは不幸中の幸いだった夫・小室哲哉の在宅

KEIKOが倒れたのは、2011年10月24日。

日中から体調不良を訴えて、横になって休んでいたそうです。

そのKEIKOに突然、激しい痛みが襲いかかります。

夕方のことでした。

首の後方に走った激痛に、立ち上がることさえできなくなったKEIKO。

妻の様子に驚いた小室哲哉がすぐに救急車を呼び、KEIKOは救急搬送されます。

病院に救急搬送されたKEIKOは、そのまま手術を受けます。

25日未明から始まった手術は、5時間に及びました。

手術は成功し、KEIKOは一命を取り留めます。

くも膜下出血でした。

たまたま夫が在宅しており、迅速な判断で救急車を呼んだことが幸いしたと言えるでしょう。

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歌手であったことを忘れた妻KEIKO

意識を取り戻したKEIKOは、自分が歌手であったことを忘れていました。

会話もできない状態の妻。

小室哲哉は、ツイッターで「音楽を創るための深みにしては、桂子はあまりにも身体を精神を酷使させてしまいました」と語っています。

くも膜下出血で倒れる前、妻が並々ならぬストレスにさらされていたことを思いやる言葉です。

2007年11月にKEIKOは父を脳内出血で亡くしています。

その後、小室自身が騒動を起こしています。

肉親の突然の死。

夫が引き起こした社会的な問題。

音楽活動にも大きく影響する不祥事。

妻を労わる小室の言葉には、悔恨がにじんでいます。

妻が歌手であったことを忘れてしまったことは、悔恨を一層深いものにしたことでしょう。

二人三脚の闘病生活が始まります。

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KEIKOくも膜下出血からカラオケに行けるようになる

会話ができるようになり、現在を楽しめるようになっても、KEIKOはなかなか音楽に興味を持てずにいました。

小室にとっては辛い状態だったに違いありません。

静かに見守る視線は、時に諦めに近い光を帯びることもあったようです。

それだけに倒れてから初めてKEIKOが歌った時は、喜びが深いところからこみ上げてきたようです。

「KEIKOさんが電話でIS THIS LOVE?を歌った。かるーくだけどね。LINE電話だからなかなかの声質でした。」2014年11月4日のツイッターです。

11月22日には、音楽に少し興味を持つようになったこと、2015年2月9日には夫婦揃ってカラオケに行くことを伝えています。

倒れてから3年3ヶ月の歳月が流れていました。

ようやく訪れた夫婦揃って歌える日。

舞台の上でなくても、小室哲哉とKEIKOにとっては、記憶に残るマイクだったのではないでしょうか?

11月27日。

小室哲哉は、自身のツイッターで、倒れてから初めてKEIKOが自分にプレゼントを贈ってくれて感激したことを伝えています。

夫婦の絆を紡ぎ直している小室哲哉とKEIKO。

闘病生活のゴールには、豊かな歌声が聞こえてくるかもしれません。

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